時の過ぎゆくままに身をまかせ…
雨、ミスチル、エソラ…

雨が降ると思い出すのがMr.Childrenの「エソラ」の歌詞…。

♪♪♪♪♪
天気予報によれば 夕方からの
降水確率は上がっている
でも雨に濡れぬ場所を探すより
星空を信じ出かけよう

雨に降られたら 乾いてた街が
滲んできれいな光を放つ
心さえ乾いてなければ
どんな景色も宝石に変わる
♪♪♪♪♪

無理に楽観的になる必要はないけれど、前向きに生きることの大切さ、逆境すら楽しんで行こうというしたたかさを教えてくれる。

今日は、どうやって雨を楽しもうか…。

「もう3日も寝てない」。いまから十数年前、アップルの日本法人、アップルコンピュータ(現アップルジャパン)の社長だった原田泳幸(現日本マクドナルド会長兼社長)が、赤い目をこすりながら現れた。聞けば、クパチーノ(アップルの本社所在地)から無理難題を押しつけられているという。

 「あいつら、コンデンサーの洋上在庫までリアルタイムで教えろっていうんだ。日本の部品が中国の工場で組み立てられ、アメリカの倉庫に製品が収まるまで、全部、把握しないと気が済まない。クレージーだよ」。

 洋上在庫とは船に積まれて運ばれている最中の部品の数である。トヨタ自動車のカンバン方式を地球規模で実行する。そんなむちゃな指示を海の向こうから原田に出していたのが、1998年にコンパック(現ヒューレット・パッカード)からアップルに移籍したクックである。

 キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)という財務指標がある。在庫と売掛金、買掛金を比べ、製品の製造から現金回収までにかかる日数をはじき出す。この日数が少ないほど、企業が現金を生み出す力が強いとされる。

 現在、日本の電機大手のCCCは40日程度だが、クックが来る前のアップルは70日を超えていた。

 だが原田が「クレージー」と呼んだサプライチェーン改革をクックが続けた結果、今やアップルのCCCはマイナス20日。つまり製品を作る20日前に現金回収を終えている計算だ。

ゲンチ

「ゲンチ」は「言質」と書きます。
たまたま仕事の会話の中で使ったら意味が通らず、うまく相手に説明できなくて、辞書を引きました。

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【言質】
のちの証拠となる言葉。
ことばじち。
「―をとる」「―を与える」
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言わば「言葉の人質」ですね。
書いた言葉は文字として残りますし、話した言葉は文字には残りませんが、聞いている人がいる限り修正や消去することができません。

仕事は言質をとったり、とられたりしながら進んでいきます。

言った言葉が足枷になって苦痛を伴う行動をとらざるを得ないと、だんだんストレスがたまってきますね。

ただ、最初はどうだか判らないけど、理想の姿「こうなりたい」というのをみんなに宣言して、それを現実のものにしていける人も沢山います。

そう考えると、やっぱり「言葉」にはパワーがあり、反面、恐さもあります。

だからこそ、言葉は慎重に扱いたい…。
ふとしたきっかけで辞書を引いて、改めて思ったことです。

LAUNDRYのおみくじTシャツ。背中の部分にGREAT•GOOD•BADのいずれかがプリントされているそうなのですが見事GREATが出てきました!最初プリントされた「0392」の数字の意味がわからなかったのですが、きっと「おみくじ」なんですね…。

LAUNDRYのおみくじTシャツ。背中の部分にGREAT•GOOD•BADのいずれかがプリントされているそうなのですが見事GREATが出てきました!最初プリントされた「0392」の数字の意味がわからなかったのですが、きっと「おみくじ」なんですね…。

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東武鉄道1800系。伊勢崎線でりょうもう号として走っていた車両で1969年生まれの私と同い年。既に現役は引退していますが東武野田線100周年記念で初めて野田線を走りました。一眼レフ持った撮り鉄さんに混じってiPhone撮り鉄してみました…。こちらの動画は柏駅から大宮方面に向かう1800系です。

[動画の再生にはFlash Player 10以降が必要です]

柏駅に向かう1800系。

夜空を見上げる

星が瞬いている

ほかに明かりも、音もない

やることもない


あなたは星を見て何を想う


星と星を線で結んでみる

肉付けをしてみる

大きい熊と小さい熊ができた


星に話しかけてみる

今日あったうれしいこと

嫌な人のはなし

悩みごと


星は返事をしない

ただ光を放ちつづける

笑ってるようにも見えるし

悲しんでいるようにも見える


何も語りはしないけど

空に輝く希望の光

たまには静かに見上げてみよう


自分の心を映してくれる

星は自分の心を映す鏡

星の光はあなたの光

今、もし僕が死んだら、

「とうちゃんは星になったよ」

娘にはそう言ってください…

オオカミの遠吠え

初めて「遠吠え」したオオカミは、どうして遠吠えをしたんだろう…?

何かを伝えたかったのか…

いや、きっと月に向かって吠えるのが気持ちよくて「遠吠え」したんだと思う。

そんな「遠吠え」を聞きつけて別のオオカミがやってきて、やがてオオカミは集団で狩りをするようになる。

こうして「遠吠え」はコミュニケーションの手段となった。

人間の「言葉」も、元々はオオカミの「遠吠え」。

Twitterのつぶやきや、Facebookの書き込みは、誰かに宛てたメッセージとしてのコミュニケーションではないものも多い。

誰に宛てたメッセージでもない、でも言葉を発したい…。

だから毎日僕はTwitterやFacebookで「遠吠え」してるような気がしてる。

デジタルの中にある「心地良さ」は、案外プリミティブなものだったのかもしれない…。

貨幣価値と自分目線価値

先日テレビで、いろんな商品の中に何点か高いモノが紛れていて、それを当てないようにするコーナーがあった。「高くない」ほうのモノはたいてい100円。100円ショップに売られてるモノもあればリサイクルショップから買ってきたモノもある…。
そのモノ達の中に「乗馬用の鞭」があった。通常外国製の乗馬の鞭は1万円前後するはず。
もし今自分が乗馬をやっていてこれが100円だったら買うだろうな、そう思った。
結果的には、その鞭はリサイクルショップで100円で売られていたものだったんだけど…。

商売は「価値観のギャップ」から生まれる。
自分が「価値がある」と思ったモノが世の中的には「低価値」だったとすると、それはチャンスなんだと思う。

お金は大切なのは間違いないことだけど、お金の価値観だけを絶対値としてしまって自分の価値観を持てなくなってしまっている人は、寂しい人だ。

金銭的な価値と自分目線の価値観のバランスを上手にとりながら逞しく生きていきたい。

ニュータウン

最近の街づくりに「ニュータウン」って名前はもう付けないだろうけど、昔は「◯◯ニュータウン」が各地に沢山あった。
そういう「ニュータウン」は時間が経過した今、新しい街ではなく熟成された街となっている所がほとんどだ。
大規模開発で一斉に分譲された住宅地には全員で無いにしろ、そのタイミングで家を買おうとしている小さい子供がいる同じような家族構成、年齢層の人達が集まる。
同じように子供が独立していき、同じように世帯主が老人となっていき、「ニュータウン」は「オールドタウン」となっていく…。

20年、30年住むことを前提にして家を買う人は多い。
もちろん変化の激しいこの時代、20年後がどんな世の中になってどんな暮らしをしているのかを予測するのは難しい。
ただ、時を重ねた「ニュータウン」を見ていると、「ニュータウン」という言葉が家を売る側の、家を売る一瞬のことを考えて作られた言葉のように聞こえてきた…。

人間は変化し続ける生き物だ。
今日の最新は明日の流行遅れになる。
それは今日の最新を手に入れて満足してしまい変化することを止めてしまうからだ。
「ニュー」と定義することは、その瞬間が「最新」だと位置づけ、変化を止めてしまうように思える。

常に変化し続けている人には「最新」という概念は無いんだろう。
だって常に変化し続けてるんだから。
その流れの一点を切り取って「最新」だって定義する意味が無い…。

20年近く経ったニュータウンを車で通り過ぎた時に、ふとこんなことが頭に浮かんだ…。

seria:

このキットカット欲しいです〜。

おー、惹かれます…

25年

「25年」は「四半世紀」。

長期スパンで時間を区切るのにちょうどいい長さのような気がする。

生まれたばかりの赤ちゃんが社会人になるまでの時間…。

流行がカタチを変えて一巡する時間でもあるかもしれない。

変化の激しい今の世の中で25年間生き残ったものはある意味で「ホンモノ」だと言ってもいいだろう。

今から25年前は1986年。

・岡田有希子が飛び降り自殺

・レンズ付きフィルム「写ルンです」が発売

・ビートたけしのフライデー襲撃事件

・男女雇用機会均等法が施行

・清原和博がプロデビュー

・この年に発売のクルマはスープラ、インテグラ、テラノなど…

・おニャン子クラブの全盛時代

今年で25周年を迎えるもの…

・ドラゴンクエスト

・ちびまる子ちゃん

・徳永英明

・マイクロソフト

・ヴィレッジヴァンガード

etc…

今年の私は、「17歳の私」から25周年を迎える。

今日という日はただの一日にすぎないけれど、「17歳の私」の25周年なんだって考えるとなんとなく新鮮な気持ちで頑張れそうだ。

あの頃のピュアな気持ちをそのままに…

憶えていてもらおうと思って「書き」、わかって欲しいと思って「話す」。 書いた言葉を憶えていてもらえるのはうれしいけれど、話した言葉を何年も後に憶えていてくれる人がいた時はとってもうれしい。 わかって欲しいと心から思って発した言葉は、結構自分でも憶えているものだ。

ヘッドホン

若い頃は街でヘッドホンをつけて音楽聴くのが嫌だった。街に出てるのに自分の殻に閉じ篭ってるような気がして…。でも四十過ぎたら平気でヘッドホンつけて音楽聴いている。殻に閉じ篭ってもいいと開き直ったのではなく、ヘッドホンをしていても周りのことを気にすることができるということがわかったから…

閉じ篭ってるように見えても接点はどこかにあるもんだ…

人生の折り返し

マラソンのスタート地点とゴール地点の距離は42.195kmの50%以内と決まっているらしい。 コースが一定方向の場合、レースが終始追い風となり好条件となってしまうから…。 人生には折り返し地点はいらないとも思ったけど、そうすると一生追い風の人と一生向かい風の人がいることになる…

人生折り返すことで平等になる分、半分は懐古趣味になるのか…、一度通った道をもう一度通るから。そして生まれたところに戻って行くのだ。